2013年5月7日

必要じゃないものを作るというしごと

GWも明けてしまいましたね~。

カレンダーがあんまり関係のない生活をしているくせに、

世間のお休みが終わってしまうとちょっと残念なのはなんでだろ。

 

今日は、GWですっかりぼけてしまった脳みそに鞭うって、

ちょっと長いつぶやきを書いてみます。書き切れるか…

お暇な時におつきあいください~

 

 

少し前になりますが、大学の友だちKurokawaくんが主宰しているバンドの方々が、

「ワークショップ」をしにスタジオへお越しになりました。

 

総勢10名という大所帯のバンドで、当日も7人だか8人だかの大盛況。

食べ物について話してほしい、あとなんか作ったりもしたい、

というリクエストを基に、事前に割と細かいところまでKurokawaくんと打ち合わさせてもらって、

当日は、食べ物の選び方のお話をしたり、みんなで月餅を作ったり。

ワークショップそのものの様子は、写真入りで彼らのブログにとても素敵に紹介して頂いているので、

ぜひぜひ、そちらをごらんください。

 

バンドのサイト play new moments
ワークショップのブログその1 blog【武者修行シリーズ】おやつとバンドの意外な共通点 前編
ワークショップのブログその2 blog【武者修行シリーズ】おやつとバンドの意外な共通点 後編

 

 

この日はいろんな角度から、 「食べ物の選び方について」をみんなで考えました。

食べるものを選ぶのって、本当に難しい。

「正しいものだけ食べる」ために頑なにいろんなルールを自分に課せば、

なんというか、宗教のようにというか、それなりに妥協点は見つけやすい気がする。

グレーゾーンは全部排除すればいいしね!

 

たとえば、、、

お米は無農薬の出来るだけ近くでとれたお米を玄米で、

自分で作ったお野菜と、自分で作った大豆で自分で仕込んだ味噌と、

遺伝子組み換えじゃなくて国産で無農薬の大豆で消泡材も使わずに作ったお豆腐と、

お塩は食卓塩じゃなくて海塩でもちろん輸入はだめで、

えっと動物は?卵は食べていいのかしら?果物は?贅沢かしら?庭先ならいいかしら?

じゃ、もう卵を産めなくなった鶏は?食べた方がいい?お肉はNGなの?じゃこの鶏どうするの?

…と、こういうのをルールを決めて○×つけていけば、自分なりの「神話風 正しい食べもの」はすぐ決まると思う。

 

 

でもそれって本当に、私たちが「いいね!」と思う食べ方なんだろか。

 

 

で、それを思うときに私がいつも思い出すのは、

小さい頃、それこそ耳タコなほど母親に言われた言葉です。

 

「うちはお米屋さんじゃないの」

 

お米は生きていくのに絶対に必要だけれど、お菓子は別になくたってかまわない。

この言葉は30歳を過ぎても私のライフワークの基礎になっていて、

 

・なくたってかまわないものを買いに来るお客様がいるのはなぜか

・景気にものすっごく左右される商売をなんでやりたいのか

・必要じゃないものを作ることで、誰かの必要なものを奪いはしないか

 

とまあ、いろんなところへ飛んでいけます。

 

特に、3つめ。

私は学生時代ずっと、部活の代わりのように、

飢餓とか貧困とかなんとかしようぜーみたいな活動をしていたのですが、

それが、太るだけで食べる必要もないものを作って売るだなんて、

自分がずっとしてきたことと逆行してる気がするときが、あるのです。

 

で、ここで、Kurokawaくんも引用してくれていた去年のブログが出てくるんだけど。

「オザケンとおやつ」 http://www.zuco-oyatsu.jp/archives/87

 

無駄なものを思いっきり楽しめる幸せな時がきたらいいな

 

っていう「待ち方」。

 

「待つ」というのはすごく受け身で、「誰かが社会を良くしてくれたらいいのに~」っていうスタンスにも見えるけど、

このフレーズから私が思い描いたのは、積極的に待つというか、

「やりたいことをやるんだけど、そっちに向かうように自分もベクトルを合わせてる」みたいな感じでした。

 

 

大学を出るとき、会社を変わるとき、会社がつぶれたとき、

いつもどこかで脳裏をよぎるのは、

今からでも大学院に行って開発の勉強したりして、NGOの職員とか目指すべきなのでは…

というもの。ちらっとだけど。ちらりズムぐらいだけど。

だっていつでも頭の片隅に、

「ああ、今なんにもしてないなぁ」

って影がさすんだもの。

 

それを結局目指さなかったのは、ま、それほどの根性がなかったっていうのが第一ですが、

飢餓とか貧困とか環境問題とか民族紛争とか差別とかなんかとりあえず思いつく限りの問題が解決したとしたら、

もし、そんな社会がいま実現したとしたら、自分はその社会で何をしたいのか、を自問すると、

「甘くて美味しいものを作って喜んでもらえる仕事ができたら、いちばん」

と思ったからでした。

 

だったらそれを今やろうかなっと。

そして、どんな仕事でも、頭と心と体の使いようによっては、「その仕事そのもの」を、

自分が「こういう社会にしたい」っていう方向に働きかけるものにできるんだっていう例になりたいな、と。

 

そんなわけで、フェアトレードだったり、在来種だったり、フードマイレージ気にしたり、オーガニックかどうかチェックしたり、

しながらおやつを作っているのです。

だから、「おやつ」って時点で不必要なものではあるんだけれど、

不必要だけど自分の体も誰かの命も傷つけないもの=純粋な余白とか余力とかみたいなもの、

を作れたらいいなっと思っています。

 

で、普段の食べ物を選ぶ時も、

「これは正しいんだぜ!」

っていうのを食べるのはもちろんだけど、そこに、

「ま、なくてもいいんだけど、あっても誰かから何かを奪うものじゃないし、あると素敵なんだなー」

っていう余白とか余力を許して選べたらいいな、と思っています。

皆さんの、毎日の「食べもの」を選ぶモノサシはなんでしょうか?

 

 

味や値段だけじゃない「モノサシ」が増えるのはとっても難しいんだけど。

とっても難しいんだけど、それが「食べもの」のおもしろさなんじゃないかなぁと、

4時間(!)に渡るワークショップをしていて、思ったのでした。

 

 

 

さ、今日は脳みそ使ったので、明日は手を使おうっと!

日向夏ケーキが出せそうで出せないでいます…

美味しそうなんだけどね~

いや美味しいんですけどね!

もう少し…!