2012年5月9日

オザケンとおやつ

私が人生で初めて買ったアルバムCDは確か、ドリカムの…

なんだったか、宇宙船に乗ってるジャケットのやつでした。

で、初めて買った、今はなき8センチシングルCDは、

オザケンのラブリーでした。捨てられなくて未だに持ってます。

 

さてすっかり遅くなりましたが、

一昨年のひふみよツアーに続き、今年もコンサートに行ってきました。

今年は運良く、千秋楽に行けまして。

何でこの人を好きなのか、あんまりよくわからなかったんだけど、

たぶん、オザケンの脳みそ?考え方の文化?みたいなものが好きなんだよなぁ、

と思って、歌って、喉をからして帰ってきました。

 

 

突然オザケンの話で書き始めたのは、このライブのモノローグのお話をしたかったからです。

オペラシティで12夜開催された今回、

毎夜ちがうゲストがやってきて、オープニングにモノローグを朗読してたそうな。

その中で、

「音楽は生きるために必要なものではありません。音楽は楽しむものです。音楽は無駄な、贅沢なものです」

「音楽が鳴っていれば、その無駄を思いっきり楽しめる幸せな時がきたらいいなと待つことができる」

みたいなことを言っていて。

 

 

そうそうそうそうそう!!

って30回ぐらいSOって言いました。脳内で。

「音楽」を「おやつ」に変えながら。

 

 

お菓子は、嗜好品です。なくても死なない。

むしろ健康のことだけを考えたら、食べない方がいい。

食べて健康になるお菓子なんてありません。

個人の体を離れて、世界全体を眺めてみても、

この飢餓と飽食の時代、真っ先にカットされるべき「飽食」の代表ですらあるわけで…。

 

んじゃ、なんでお菓子を作るのか。

 

それは、オザケンがいうところの「音楽」と一緒で、

食べている時間とか、どこで食べるかとか、誰と分け合うかとか、誰に贈るかとか、

「甘くて美味しい」時の気持ちとか、

お菓子があることで生まれるいろんな「無駄だけど幸せ」を、

心の底から楽しめる日がきたらいいなぁ~と思うから。

だから、甘い物そのもの=お菓子、じゃなくて、

人や時間や場所やいろんなものをひっくるめた食べること=おやつ、

を作りたいなぁ、と思います。

 

国産のオーガニックな材料を使おう、とか、フェアトレードの食材を使おう、と思うのは、

何も「さーて、いいことしてやるぜ!」って強いココロガマエがあるわけじゃなくて、

いつか来るはずの、「心の底からおやつを楽しめる日」の為には、

誰かの食糧を奪ったり、生活を傷つけたりしないおやつで、

その日をむかえたいなぁと思うからです。

 

こんな、時間軸も主体もぐちゃぐちゃなこと、「おやつを作る動機」としては理解され難いと思っていたので、

背中を押されたような気持ちになりました。こうして、ちょっとずつ書いて伝えていくきっかけもくれたし。

まさか音楽でこんな話につながるとは思っておらず、嬉しくなったので、書き留めておきました。

 

ちょっと頭でっかちなおやつ屋ですが、

「美味しい」の外側や裏側もご一緒して頂けたら、幸いです。